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行徳寺町51 -稲荷木一本松と延命地蔵 

 

稲荷木一本松
Leica M4
Voigtlander NOKTON classic S.C 35mm F1.4
Kodak BW400CN


行徳寺町を紹介するシリーズの51回目です。
1)行徳寺町(必見)
2)行徳寺町の歴史
3)徳願寺1 (行徳札所第一番) 
4)徳願寺2 (行徳札所第一番)
5)徳願寺3 (行徳札所第一番)
6)行徳の街並み1
7)徳願寺4 (行徳札所第一番)
8)常運寺1
9)常運寺2
10)行徳の街並み2
11)福泉寺 (行徳札所第二番)
12)長松禅寺1 (行徳札所第三番)
13)長松禅寺2 (行徳札所第三番)
14)妙応寺1
15)妙応寺2
16)妙頂寺
17)世界に誇る行徳の伝統事業 -神輿
18)500年の歴史を持つ浅子神輿店
19)香取・相之川例大祭
20)行徳神輿の担ぎ1 地摺り
21)行徳神輿の担ぎ2 さす・投げる
22)行徳神輿の担ぎ3 子供神輿と人々の笑顔
23)自性院1 (行徳札所第四番)
24)自性院2 (行徳札所第四番) 勝海舟の歌碑
25)神輿の故郷、中台製作所にお邪魔しました
26)貴重な神輿制作の現場取材記
27)現代の神輿師中台洋さんにお話を伺う
28)放火から蘇った神明(豊受)神社
29)大徳寺 (行徳札所第五番)
30)正源寺 (行徳札所第七番) 560年誰も見たこと無い辨天様の居る寺
31)徳願寺の初詣
32)行徳の街並み3 澤木酒店
33)養福院 (行徳札所第八番) 
34)春日神社(妙典)1
35)春日神社(妙典)2 関東一の獅子がいる社
【番外編】中山法華経寺 -日蓮宗の大本山 
36)清寿寺 病気にご利益の高い寺
37)八幡神社(上妙典)
38)妙好寺1
39)妙好寺2 茅葺きの山門がある寺
40)妙好寺3 御会式の万灯行列
41)胡録神社(河原)
42)春日神社(河原)
43)雙輪寺 (行徳札所第九番・十番)
44)了極寺 (行徳札所第十一番)
45)安養寺1 (行徳札所第十二番)
46)安養寺2 (行徳札所第十二番) 国内唯一のはだし大師
【番外編】雪の行徳寺町その1 その2その3
47)大鷲神社 千葉県初の横綱を産んだ神社
【番外編】行徳寺町と東日本大震災
48)妙行寺 枝垂桜がある御祈祷の大寺院
49)稲成神社、浄経寺、日枝神社 、圓福寺、常明寺 
50)甲大神社 1000年以上の歴史を持つ大和田の氏神

も是非お読み下さい。

前回紹介した甲神社のすぐ近く、京葉道路の高架道を挟んだ
市川稲荷木(とうかぎ)の京葉道路のすぐ脇に何か取り残されたような場所がある。

この場所が何かを知るには江戸川の歴史から語らねばなるまい。

現在の江戸川は茨城県五霞町と千葉県野田市の境界にある関宿分基点で
利根川と分かれているが、かつては渡良瀬川の下流部で利根川とは別だった。


Tone_riverine_system_16century.png


現在の利根川と江戸川の形が出来るのは1594年頃から始まった
利根川の東遷事業から長い年月をかけて人の手で造られたものだ。

江戸時代以前は、江戸川は太日川(ふとひがわ)と呼ばれていたが
既に行徳と市川宿とを結ぶ古道が、太日川沿いに北上して
結ばれていたようである。

 
伝えによると、慶長年間(1596~1615)、
伊奈備前守忠次が徳川家康の命によって上総道の改修に当たった際、
新たに、八幡と行徳を結ぶ八幡新道を整備してつくって、
その分岐点に松を植えたのが、この「一本松」の由来ということだ。 


稲荷木一本松と延命地蔵
Leica M4
Leitz Elmarit 28mm F2.8
Kodak BW400CN


つまりかつては行徳から市川に向かうには、
今日の行徳橋あたりから稲荷木の雙輪寺前を通り、
稲荷木神社からこの地に出て、
江戸川沿いに大和田・大洲・市川南を経て
国道14号線(上総道・佐倉道・千葉街道ともよばれた)に出、
市川に至ったのある。

※追記
コメント欄でみぞさんに教えてもらったのですが
大和田は江戸川放水路が作られた段階で
稲荷木の西に移転していたようです。

みぞさんのHPに古い地図で解説されてますので
是非ご覧ください。


延命地蔵
Leica M4
Voigtlander NOKTON classic S.C 35mm F1.4
Kodak BW400CN


つまりここはかつての交通の要所の交差点だった訳だ。
京葉道路という現代の巨大幹線道のすぐ横で全く場違いに見えるが
今は併設されている延命地蔵尊が当時の面影を残しているのみだ。

というのもこの1本松も、京葉道路ができると、
排気ガスの影響などによって枯れ死を早め、
昭和48年に伐採され現在はトップの写真のように
切り株が残るのみなのである。


馬頭観音と一本松
Leica M4
Voigtlander NOKTON classic S.C 35mm F1.4
Kodak BW400CN


伐採時の樹齢、約180年との事なので
昭和48年に枯れて伐採されたということは、
左の写真の大きな「馬頭観世音菩薩」の石塔が
文化6年(1809年)造立であるから、
ほぼ同時代に植えられたものであろう。
 

稲荷木一本松
Leica M4
Leitz Elmarit 28mm F2.8
Kodak BW400CN


現在はかつての一本松の後ろに
二代目の松が何株か植えられている。

後にご紹介するように行徳には徳川家康が通った古道があり
当時はこの1本松を目指して川沿いを歩いていたのだろう。

ややもすると見過ごすような旧跡だが
歴史を知ると街道は面白く見えるものだ。




■稲荷木一本松と延命地蔵
千葉県市川市稲荷木3-22 

大きな地図で見る







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コメント

以下の文章は、少し間違っていると思います。

「稲荷木神社からこの地に出て、江戸川沿いに大和田・大洲・市川南を経て国道14号線(上総道・佐倉道・千葉街道ともよばれた)に出、市川に至ったのある。」

明治時代に江戸川放水路ができるまでは、八幡から行徳に向かって、稲荷木、大和田、河原と集落が続いていたはずで、江戸川放水路の建設の時に大和田集落は稲荷木の西側に移転したのです。

私のブログに古い地図を載せてありますので、ご興味があれば御覧下さい。
http://mizokko.blogspot.jp/2010/12/blog-post_06.html

Re: タイトルなし

コメントありがとうございます!

大和田は江戸川放水路が作られた段階で
移転していたのですね。

教えて頂きありがとうございました!
今後も何卒よろしくお願いします。



> 以下の文章は、少し間違っていると思います。
>
> 「稲荷木神社からこの地に出て、江戸川沿いに大和田・大洲・市川南を経て国道14号線(上総道・佐倉道・千葉街道ともよばれた)に出、市川に至ったのある。」
>
> 明治時代に江戸川放水路ができるまでは、八幡から行徳に向かって、稲荷木、大和田、河原と集落が続いていたはずで、江戸川放水路の建設の時に大和田集落は稲荷木の西側に移転したのです。
>
> 私のブログに古い地図を載せてありますので、ご興味があれば御覧下さい。
> http://mizokko.blogspot.jp/2010/12/blog-post_06.html
  • [2012/04/04]
  • URL |
  • ふくいのりすけ
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