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行徳寺町84 -馬頭観世音 

 

20100723M3_PORTRA400NC_012
Leica M3 (SS)
Leitz Summaron 35mm F3.5
Kodak PORTRA 400 NC


行徳寺町を紹介するシリーズの84回目です。

1)行徳寺町(必見)
2)行徳寺町の歴史
3)徳願寺1 (行徳札所第一番) 
4)徳願寺2 (行徳札所第一番)
5)徳願寺3 (行徳札所第一番)
6)行徳の街並み1
7)徳願寺4 (行徳札所第一番)
8)常運寺1
9)常運寺2
10)行徳の街並み2
11)福泉寺 (行徳札所第二番)
12)長松禅寺1 (行徳札所第三番)
13)長松禅寺2 (行徳札所第三番)
14)妙応寺1
15)妙応寺2
16)妙頂寺
17)世界に誇る行徳の伝統事業 -神輿
18)500年の歴史を持つ浅子神輿店
19)香取・相之川例大祭
20)行徳神輿の担ぎ1 地摺り
21)行徳神輿の担ぎ2 さす・投げる
22)行徳神輿の担ぎ3 子供神輿と人々の笑顔
23)自性院1 (行徳札所第四番)
24)自性院2 (行徳札所第四番) 勝海舟の歌碑
25)神輿の故郷、中台製作所にお邪魔しました
26)貴重な神輿制作の現場取材記
27)現代の神輿師中台洋さんにお話を伺う
28)放火から蘇った神明(豊受)神社
29)大徳寺 (行徳札所第五番)
30)正源寺 (行徳札所第七番) 560年誰も見たこと無い辨天様の居る寺
31)徳願寺の初詣
32)行徳の街並み3 澤木酒店
33)養福院 (行徳札所第八番) 
34)春日神社(妙典)1
35)春日神社(妙典)2 関東一の獅子がいる社
【番外編】中山法華経寺 -日蓮宗の大本山 
36)清寿寺 病気にご利益の高い寺
37)八幡神社(上妙典)
38)妙好寺1
39)妙好寺2 茅葺きの山門がある寺
40)妙好寺3 御会式の万灯行列
41)胡録神社(河原)
42)春日神社(河原)
43)雙輪寺 (行徳札所第九番・十番)
44)了極寺 (行徳札所第十一番)
45)安養寺1 (行徳札所第十二番)
46)安養寺2 (行徳札所第十二番) 国内唯一のはだし大師
【番外編】雪の行徳寺町その1 その2その3
47)大鷲神社 千葉県初の横綱を産んだ神社
【番外編】行徳寺町と東日本大震災
48)妙行寺 枝垂桜がある御祈祷の大寺院
49)稲成神社、浄経寺、日枝神社 、圓福寺、常明寺 
50)甲大神社 1000年以上の歴史を持つ大和田の氏神
51)稲荷木一本松と延命地蔵
52)稲荷神社(下新宿)
53)行徳寺町公園で一休み
54)権現道 徳川家康が歩いた古道
55)法泉寺(行徳札所第十三番) 家康のお休み処
56)妙覚寺1  房総にただ1基あるキリシタン灯籠
56)妙覚寺2 かつての行徳の名残 正覚延壽辨財天池
57)法善寺(行徳札所第十四番) 芭蕉歌碑と四万十川の巨石のある塩場寺
58)行徳の街並み4 田中染物店
59)行徳の街並み5 中島米店 旧成田街道分岐点であり寺町の入口
60)豊受神社(本塩)
61)圓頓寺
62)行徳の街並み6 平川医院
63)浄閑寺 (行徳札所第十五番) 参道にある六面塔
64)行徳の街並み7 廣月堂 -昔懐かしいお菓子屋さん
65)行徳の街並み8 田中邸
66)正讃寺 草庵のように佇むお寺
67)行徳の街並み9 漁師町の面影
68)行徳の街並み10 行徳橋南詰の景色
69)教信寺 (行徳札所第十六番・十七番)
【番外編】行徳を舞台にしたドラマ「帰郷」が放映されました。 
70)上妙典龍宮様
71)行徳のシンボル 常夜灯
72)行徳の街並み11 対岸の造船所 
73)行徳の街並み12 加藤邸 行徳初の国登録有形文化財
74)行徳の街並み14 笹屋うどん 築160年の古民家 かつての行徳名物
75)行徳の街並み15 後藤神輿店
76)徳蔵寺(行徳札所第十八番・十九番)
77)本久寺 眼病守護の日蓮大菩薩
78)横町稲荷神社
79)胡録神社(関ヶ島) 横綱栃錦の土俵がある神社
80)豊受神社(伊勢宿)
81)神明神社 ちょっと笑える狛犬
82)八幡神社(本行徳)
【番外編】行徳寺町オフ会開催!! -寺のまち回遊展
【番外編】寺のまち回遊展レポートその1 
【番外編】寺のまち回遊展レポートその2  -浅子神輿店の内部を見学!
83)清岸寺 (行徳札所第二十番)

も是非お読み下さい。

行徳常夜灯から程近い路地に
取り残されたような木々の緑と
小さな祠がある。



ここに祀られている馬頭観音は
仏教における信仰対象である菩薩の一尊。
観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、
六観音の一尊にも数えられている。

観音様といえば女性的で、穏やか、癒し系の代表格だが、
馬頭観音は観音としては珍しい忿怒(ひどく怒ること)の姿をとる。

観音様のうちただ一人、馬頭観音だけは目を吊り上げ
カッと口を開き、体は肉赤色、頭上に馬を頂き
世にも恐ろしい忿怒の相をしている。

つまり、怒っている姿を見せることにより、
様々な魔障を砕き、悪趣の苦悩を断つ…との事なのだそうです。

馬頭人身の像容も説かれるが、日本での造形例はほとんどなく
その代わり千葉県だけに見られる珍しい像容として、
馬頭観世音が馬にまたがっている石仏が見られるそうです。
#今回紹介の馬頭観音は文字のみで像はなし


日本の民間信仰では「馬頭」というところから、
牛馬や家畜の守り本尊、五穀豊穣や道中安全の仏として信仰されます。

宝馬が四方を駆け巡り、猛進し、煩悩や死等の四魔を打ち破る
精悍さを表すとされ、無明の諸障害を突破するとされているので
大事にしている馬同様、頼りにされていた感じがありますね。

馬による交通が発達した江戸時代に広く信仰されていたらしく、
最近では競馬場の近くに祀られていて、
レース中や厩舎で亡くなった馬などの供養に用いられているそうです。

廃止された地方競馬の競馬場では、
旧敷地の片隅にあった馬頭観音が撤去されずに残され、
かつての競馬場の存在を現在に伝える痕跡となっていることもあるそうで
しかも、それが転じて、最近では「競馬の神様」として
崇めている人もいるらしいですね。



20100723M3_PORTRA400NC_010
Leica M3 (SS)
Leitz Summaron 35mm F3.5
Kodak PORTRA 400 NC


ここの馬頭観音には、嘉永七年(1854年)2月7日、
佐原飛脚問屋吉田氏、と銘があります。

飛脚問屋は、馬喰、馬の飼い主、飛脚屋等を束ねていたので
商売繁盛や無病息災を祈願したものと思われています。

この場所に立つと解るのですが、
辺りの道はかつて水路だった事が解る歪曲した道でして
実際内匠堀改修の時、この馬頭観音の下から
多数の馬の骨が出土、愛馬の供養をしたものと思われます。

「馬頭観世音」の文字だけ彫られたものは
多くが供養として祀られたものらしいですが、
この場所も水路の側にある事からも
馬場の水飲み場として動物供養塔として立てられたものでしょう。



この他にも馬頭観音は市川市内の各所にあります。

本行徳三十八番の浄土宗正覚山 教信寺にある馬頭観音は
宝永五年(1708年)のものだそうでして、
相次ぐ天災により被害を受けた塩浜の復興を祈願したもの。

湊七番の浄土宗仏法山 法伝寺には延宝四年(1676年)に
女房19人が立てた馬頭観音があります。(今後記事UP予定)













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