Sponsored Link

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

行徳寺町87 -湊水神宮 

 

湊水神宮
Leica M4
Voigtländer NOKTON classic S.C 35mm F1.4
Kentmere 100


行徳寺町を紹介するシリーズの87回目です。

1)行徳寺町(必見)
2)行徳寺町の歴史
3)徳願寺1 (行徳札所第一番) 
4)徳願寺2 (行徳札所第一番)
5)徳願寺3 (行徳札所第一番)
6)行徳の街並み1
7)徳願寺4 (行徳札所第一番)
8)常運寺1
9)常運寺2
10)行徳の街並み2
11)福泉寺 (行徳札所第二番)
12)長松禅寺1 (行徳札所第三番)
13)長松禅寺2 (行徳札所第三番)
14)妙応寺1
15)妙応寺2
16)妙頂寺
17)世界に誇る行徳の伝統事業 -神輿
18)500年の歴史を持つ浅子神輿店
19)香取・相之川例大祭
20)行徳神輿の担ぎ1 地摺り
21)行徳神輿の担ぎ2 さす・投げる
22)行徳神輿の担ぎ3 子供神輿と人々の笑顔
23)自性院1 (行徳札所第四番)
24)自性院2 (行徳札所第四番) 勝海舟の歌碑
25)神輿の故郷、中台製作所にお邪魔しました
26)貴重な神輿制作の現場取材記
27)現代の神輿師中台洋さんにお話を伺う
28)放火から蘇った神明(豊受)神社
29)大徳寺 (行徳札所第五番)
30)正源寺 (行徳札所第七番) 560年誰も見たこと無い辨天様の居る寺
31)徳願寺の初詣
32)行徳の街並み3 澤木酒店
33)養福院 (行徳札所第八番) 
34)春日神社(妙典)1
35)春日神社(妙典)2 関東一の獅子がいる社
【番外編】中山法華経寺 -日蓮宗の大本山 
36)清寿寺 病気にご利益の高い寺
37)八幡神社(上妙典)
38)妙好寺1
39)妙好寺2 茅葺きの山門がある寺
40)妙好寺3 御会式の万灯行列
41)胡録神社(河原)
42)春日神社(河原)
43)雙輪寺 (行徳札所第九番・十番)
44)了極寺 (行徳札所第十一番)
45)安養寺1 (行徳札所第十二番)
46)安養寺2 (行徳札所第十二番) 国内唯一のはだし大師
【番外編】雪の行徳寺町その1 その2その3
47)大鷲神社 千葉県初の横綱を産んだ神社
【番外編】行徳寺町と東日本大震災
48)妙行寺 枝垂桜がある御祈祷の大寺院
49)稲成神社、浄経寺、日枝神社 、圓福寺、常明寺 
50)甲大神社 1000年以上の歴史を持つ大和田の氏神
51)稲荷木一本松と延命地蔵
52)稲荷神社(下新宿)
53)行徳寺町公園で一休み
54)権現道 徳川家康が歩いた古道
55)法泉寺(行徳札所第十三番) 家康のお休み処
56)妙覚寺1  房総にただ1基あるキリシタン灯籠
56)妙覚寺2 かつての行徳の名残 正覚延壽辨財天池
57)法善寺(行徳札所第十四番) 芭蕉歌碑と四万十川の巨石のある塩場寺
58)行徳の街並み4 田中染物店
59)行徳の街並み5 中島米店 旧成田街道分岐点であり寺町の入口
60)豊受神社(本塩)
61)圓頓寺
62)行徳の街並み6 平川医院
63)浄閑寺 (行徳札所第十五番) 参道にある六面塔
64)行徳の街並み7 廣月堂 -昔懐かしいお菓子屋さん
65)行徳の街並み8 田中邸
66)正讃寺 草庵のように佇むお寺
67)行徳の街並み9 漁師町の面影
68)行徳の街並み10 行徳橋南詰の景色
69)教信寺 (行徳札所第十六番・十七番)
【番外編】行徳を舞台にしたドラマ「帰郷」が放映されました。 
70)上妙典龍宮様
71)行徳のシンボル 常夜灯
72)行徳の街並み11 対岸の造船所 
73)行徳の街並み12 加藤邸 行徳初の国登録有形文化財
74)行徳の街並み14 笹屋うどん 築160年の古民家 かつての行徳名物
75)行徳の街並み15 後藤神輿店
76)徳蔵寺(行徳札所第十八番・十九番)
77)本久寺 眼病守護の日蓮大菩薩
78)横町稲荷神社
79)胡録神社(関ヶ島) 横綱栃錦の土俵がある神社
80)豊受神社(伊勢宿)
81)神明神社 ちょっと笑える狛犬
82)八幡神社(本行徳)
【番外編】行徳寺町オフ会開催!! -寺のまち回遊展
【番外編】寺のまち回遊展レポートその1 
【番外編】寺のまち回遊展レポートその2  -浅子神輿店の内部を見学!
83)清岸寺 (行徳札所第二十番)
84)馬頭観世音
85)おかね塚  遊女の恋物語伝説
86)ぽっくり蛙

も是非お読み下さい。


江戸川沿いにある、小さくて変哲のない祠、
この見過ごしそうな神社は湊水神宮といい、
地元では水神様と呼ばれ大変親しまれている。



現在の江戸川は高い堤防で川が見えないのは残念だが、
かつてこの辺りは生活に根差した水辺であった。

行徳駅前通りを旧江戸川に向かって突き当たった、
川沿いの一画に社殿は水路を背に建てられているが、
この水路は今は押切排水機場になっていて、
そこの溜池が水路の名残となっている訳です。

この水路(現在は歩道、途中から立派な駅前通り)を辿ると
押切稲荷神社の裏に着きます。



ちなみにこの今では旧跡となった河岸ですが、
かつては貨物専用の河岸でした。

以前は場所も違っていて、寛永八年(1631年)頃までに
光林寺の南、稲荷神社の西にあたる押切十三番、十四番付近に
設置された小さな湊だったようです。

元禄三年(1690年)にこの場所に移設され
当時は銚子等から魚や野菜、薪、米などが運ばれ
積み出されていたそうです。

今では下の写真のように単なる小さな用水池みたいですが
昭和の初め頃でも荷足船が20~30艘程入れる広さで
葛西船により下肥が運ばれてきて、小型の肥やし舟に移し
内匠堀に入りこの界隈の水田に運ばれたそうです。



行徳河岸跡
Nikon D700
Tamron SP AF 28-75mm F/2.8 XR Di LD Aspherical [IF] MACRO (Model A09 II)
P ( F8 -1/40 ) ISO200 AWB -0.7EV



ここは普段は古い町の欠片のように
ひっそりと眠っているような場所ですが、
毎年6月末の土曜日の夕方には、
数千人の親子が訪れる夏祭りの会場となります。

もともとこの神社は古くから地元漁師の人々に豊漁、
海難除けの守り神として崇められていた
と伝えられています。

また、江戸川は生活水路でもあったので、
船の安全運行、川遊びに興じる子どもたちの水難除けと
水泳上達を祈願して、毎年六月末日の夜に
お参りをしていたそうです。

その6月30日の水神祭には、
きゅうりの初物を川の河童に供える行事がありました。

それがいつ頃からか定かではないが、
祭礼の形態として年々盛大になり、
今は子供の無事な成長を祈る行事となっている。




現在は、川が汚れ生活水路としての意味合いはなくなりましたが、
水神宮はその後も水難除け、水泳上達、交通安全、
受験生の合格祈願の神と少し変化して崇められてます。

祭礼当日は、多くの露天商が出店し祭り情緒を盛り上げます。

夕方五時ごろから徐々に参拝者が増えてゆき
ピークは6時半頃から8時半頃までで、
神社付近は身動き出来ないほどの人出になります。

何より参拝した子どもたちにはお菓子が配られるので
それが人気のヒミツのようです。

このお祭りには、自治会、育成会、青年会、婦人会、
南行徳交通安全協会、自治会組長、近隣の学校の先生方などが
総力を上げて取り組まれています。

歴史のある街の由緒ある行事、
こうした祭りが残っている事は誇らしいものです。












↓ポチしてくれると嬉しいです!
          
いいっすねぇ
にほんブログ村 写真ブログへ Clip to Evernote Check

↓記事が参考になったり、写真気に入ってくれたらお願いします_(_"_)_
関連記事

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://anh23.blog32.fc2.com/tb.php/566-728e4ad0

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。